宮下ら(2005)は野球肘群と健常群44名を比較し、前腕を含む筋力・可動域すべての項目で有意差を認めなかった。局所トレーニング単独の根拠を問い直し、投球動作パターンと全身機能強化を優先する視点を提示する。
練習後にダンベルでリストカールを繰り返す選手は珍しくない。「前腕を鍛えることが野球肘の予防になる」という指導は現場で今も広く行われている。しかし、野球肘になった選手とならなかった選手を比較した研究では、前腕の筋力も関節可動域も、両群の間に有意差は見られなかった。
野球肘群と健常群で、筋力・可動域に差はなかった
宮下ら(2005)は高校野球部員44名を対象に、過去に肘内側の痛みがなかった健常群(17名)と、調査日には痛みはないが1か月以内に投球時の肘内側に痛みを生じた野球肘群(27名)を比較した。測定項目は関節可動域(肩関節外旋・内旋・水平伸展、肘関節屈曲・伸展、前腕回内外、手関節各方向)と筋力(肩、肘、手関節の主要方向)であり、これらすべての項目で両群間に有意差は認められなかった(p<0.05を基準)。
「有意差なし」は「前腕トレーニングに効果がない」という証明ではなく、「野球肘発生との関連が統計的に確認できなかった」という解釈が正確である。筋力・可動域の単体指標が野球肘群と健常群を分けなかったことは、局所トレーニングを唯一の予防策とする根拠を支持していない。
両群を分けたのは「投球動作の加速期」だった
同研究で三次元動作分析により投球動作を比較すると、明確な差が現れた。加速期の時間は健常群が26.2±7.8ミリ秒であったのに対し、野球肘群は12.4±8.1ミリ秒と短かった。加速期における肩関節内旋の角度変化量も、健常群83.0±25.7度に対して野球肘群は49.4±27.0度と小さく、一方で角速度は野球肘群(5011.7±2849.5deg/sec)が健常群(3609.3±2047.5deg/sec)を上回っていた。
研究者らはこの特徴を「短い時間に少ない角度で急激な内旋運動を行うため、肘関節への外反ストレスが強い投球動作」と説明している。筋力や可動域ではなく、動作パターンが外反ストレスの大きさに関わっている可能性が示唆されている。
可動域スコアが上がった時期に肘痛の選手数も増えた時期があった
坂本ら(2011)は、長野県のある高校野球部員23名を対象に3年間・計7回のメディカルチェックを実施し、体幹を含む全身の運動軸機能を評価するパフォーマンステスト(PF、8種目・12点満点)と関節可動域(ROM、11項目・11点満点)の推移を、肘痛保有選手数と照合した。
注目すべき時期が2つある。1年目の冬から2年目春にかけてROMスコアが有意に増加した時期に、肘痛を有する選手数も増加した。一方、2年目春から夏にかけてはROMスコアが有意に低下したにもかかわらず、PFスコアが有意に上昇した時期に肘痛の選手数は減少した。PFの平均点は1年目6.5±2.7点から3年目10.7±1.8点へと段階的に上昇し、この値が高い水準に達して以降、肘痛の選手数は少ない状態で推移した。
研究者らはこの結果について、「可動域の改善のみでは肘痛の予防は不十分であり、体幹機能を含む全身の運動軸機能を高めることが重要と推察される」と述べている。ただし、この研究はn=23の単一校での観察研究であり、投球数・投球頻度などの介在要因は変数として管理されていない。ROMとPFの変化が肘痛に与えた影響について因果関係を直接示すものではなく、予備的な観察知見として位置づける必要がある。
前腕トレーニングの役割――一次研究との乖離と補完的位置づけ
宮下ら(2005)は投球動作の分析結果から、外反ストレスが肘関節内側へのストレスとして野球肘の誘因となることを論じており、この外反ストレスへの対抗手段として、臨床現場では浅指屈筋・尺側手根屈筋・橈側手根伸筋などの強化エクササイズが推奨されている。ただし、前腕トレーニングが肘痛の発生率を統計的に抑制することを示す一次研究は、今回の参考情報の範囲には含まれていない。
本稿で取り上げた一次研究の知見に沿うならば、前腕の局所トレーニングを排除する根拠はないが、投球動作パターンの改善と体幹を含む全身機能の強化を優先した上での補完的な選択肢として位置づけることが妥当といえる。
種目選択の前に問い直す視点
※以下は、2つの研究から導かれる含意と編集部の示唆です
宮下ら(2005)と坂本ら(2011)を並べると、前腕の局所トレーニング単独では野球肘群と健常群を分けられなかった一方で、投球動作の加速期パターンと体幹を含む全身の運動軸機能(PF)には差が見られた。現場での種目選択を考えるなら、「投球動作パターンの改善と全身機能(PF)の強化を優先し、前腕・手関節周囲の局所強化はその補完として加える」という順序が、この2つの研究知見と整合する。
野球肘の予防をめぐっては、投球数制限という負荷管理の議論も続いている。日本高等学校野球連盟は投手の障害予防を目的として、公式戦で1人の投手が投球できる総数を1週間500球以内とする制限を実施している。量(投球数)の管理と質(動作・全身機能)の強化という2軸を分けて考えることが、現場のトレーニング設計でも問われている。どの種目を選び、何を優先して鍛えるかという問いは、「前腕を鍛えておけばよい」で閉じるにはまだ早い。
参考文献