ジュニア選手の「大丈夫」は過度な疲労の否定にならない。国際調査でスイマーの35%がOTSを経験し、早期発見の手段は自己申告頼みの構造が問題だ。不安症状・抑うつ傾向を含む複合的な兆候の見方と、週2日休養が語られる背景を解説する。
大会3週間前。選手がいつも通り練習に来ている。声をかけると「大丈夫です」と返ってくる。だが記録は先週から伸びていない。食欲も少し落ちてきた気がする。「気持ちの問題」と判断した指導者は、翌日もメニューをそのまま続けた。
「記録が伸びない+食欲低下」は、オーバートレーニング症候群(OTS)の代表的な初期兆候だ。この段階で適切な対応が取られなければ、疲労は蓄積し続ける。「気持ちの問題」と判断することで、深刻なサインを見落とす場面は、現場で想像以上に多い。
思春期スイマーの35%がすでに経験している
日本・米国・スウェーデン・ギリシャの青少年水泳選手(13〜18歳)を対象にした国際調査(Raglin et al., 2000)では、35%がキャリア中に1度以上オーバートレーニングを経験していたことが報告されている。
別の研究(Kentta et al., 2001)では競技形態別の差異が明らかにされており、個人競技が48%、チームスポーツが30%、身体的負荷が比較的少ない競技が18%と、種目によって有病率が異なる傾向が示された。若年アスリート全体のOTS有病率についても30%に上るとするデータが存在するが、これは上記の種目別内訳とは別の統計である。
これほど広く起きている問題でありながら、なぜ現場で見落とされるのか。その答えは、OTSの早期発見に用いられるべき評価手段の限界にある。
「自己申告に頼る構造」が早期発見を阻む
学校年代の選手を対象とした研究のスコーピングレビューは、重要な限界を指摘している。心拍変動・GPSによる運動量計測・神経筋評価といった客観的な生理学的指標を用いた研究はほぼ存在せず、ほとんどが選手の自己報告、日誌、指導者によるアセスメントに依存している。つまり「疲れた」と言わない選手は、見えないまま練習を続ける構造になっている。
「気持ちの問題」で片付けてはいけない心理的兆候
OTSの代表的な身体症状は、疲れやすさ・倦怠感・パフォーマンス低下・睡眠障害・食欲低下・安静時心拍数の上昇などだ。進行すると負荷の軽い運動でも消耗するようになり、重症化すれば準備運動としてのジョギングすら困難になる。疲労骨折はスポーツ傷害全体の10〜20%を占めるとするデータがあり、OTSと骨ストレス障害(疲労骨折など)との関連も報告されている。
一方、気づかれにくいのが心理的なサインだ。国内のジュニア選手(中学生)を対象にした質問紙調査では、不安症状の指標であるSCASの平均値が26.17を示し、同年代の一般中学生(平均20.93)を上回った。不安症状のカットオフスコアを超えた選手は7.8%に達した。抑うつ症状(DSRS)については、対象者の平均値9.48が示されており、同研究が参照として示した小学生一般集団の平均(8.86)を上回っていた。なお同年代の一般中学生を対象とした別の調査では、DSRSの24点カットオフスコアを超える割合は4.1%と報告されている。ジュニア選手を対象とした本研究では自殺・いじめに関する2項目を除いた形での測定であり、本来の基準より厳しい条件での測定であることが付記されている。
この研究は、「ジュニア選手が過度な競技不安を訴えた場合は、強い抑うつ症状や不安症状がないかを注意深くアセスメントし、競技生活に支障をきたしている場合は専門家への照会を視野に入れることが求められる」と提言している。「気持ちの問題」と判断することで、深刻な抑うつ・不安症状を看過し、専門的なサポートを受ける機会を逃すリスクがある。
指導現場でとれる具体的な行動
週あたりの休養日数について、早稲田大学スポーツ科学学術院の鳥居俊教授は取材の中で、ジュニア選手のデータを踏まえ「週2日の休みを取ると心身がリフレッシュしてオーバートレーニングになりづらい」と言及している。OTS診断の目安として、朝起きたときの疲労の残り具合も重視されている(鳥居教授、同取材)。
※ここからは編集部の推定・示唆です
上記の研究知見を踏まえ、指導現場での対応として想定される行動を示す。
- 週2日の休養をスケジュールに組み込む:鳥居教授の言及を踏まえると、週2日の休養はOTS予防に寄与する可能性があるとされている。練習量の最大化と回復の確保を両立させる意識が出発点となる。
- 朝の主観的疲労を毎日記録させる:数値化することで変化の傾向を早期に把握でき、「疲れていない」という口頭申告だけに頼らない観察が可能になる。
- 競技不安・モチベーション低下を「気持ちの問題」で片付けない:心理的サインはOTSの重要な兆候となりうる。アスレチックトレーナーや栄養士など医・科学スタッフが連携して継続的に観察し、競技生活への支障が見られる場合は専門家への相談を検討することが望ましい。
ジュニア期の成績を守ることが、長期的な成長を守るとは限らない
日本スポーツ振興センターが紹介する体系的レビューによれば、国際ジュニア(U17/18)の89.2%はシニアレベルに到達することなくキャリアを終えており、逆に国際シニアで活躍する選手の82.0%はジュニア時代に国際的な実績を持っていなかった。
「今日の練習量を最大化すること」と「10年後も競技を続けられる身体と心を育てること」は、同じ目標を指していない。ジュニア期に適切な疲労管理を続けることは、選手が長期にわたって競技に向き合える環境そのものを維持することであり、過度なトレーニングの疲労兆候を早期に発見する習慣は、目前の大会への対処を超えた、持続可能なアスリート育成の土台となる。
参考文献