女性監督が増えない理由 高校野球に必要な環境整備

「女性だから無理」と言われた日
夏の大会が終わった翌週、ある県立高校の女性コーチが監督に呼ばれました。「来年度から監督をやってみないか」。15年間選手を見てきた彼女にとって、願ってもない話でした。しかし、OB会の集まりでその話が出たとき、ある先輩がこう言いました。「女性監督なんて、保護者が納得しないだろう」。
その一言で、話は立ち消えになりました。
高校野球界で女性監督はほとんど見かけません。2024年現在、全国約4000校のうち、女性が監督を務めるチームは片手で数えられるほど。一方で、女子選手の数は増え続け、女性コーチの数も確実に増えています。なぜ、監督という「指導的地位」には女性が就けないのか。
実は、この課題は高校野球だけのものではありません。国が取り組む「女性リーダー育成」の研究支援事業を見ると、あらゆる分野で同じ壁が存在することが分かります。
なぜ「上」に行けないのか
国の男女共同参画基本計画では、「指導的地位に占める女性の割合を30%以上」という目標が掲げられています。ここでいう指導的地位とは、議会議員や企業の課長職以上、そして専門性の高い職業です。高校野球の監督も、まさにこれに該当します。
では、なぜ女性は「上」に行けないのか。
文部科学省が実施する「ダイバーシティ研究環境実現イニシアティブ」という事業では、大学や研究機関における女性研究者の活躍を支援しています。この事業の審査要領を見ると、女性が指導的地位に就けない理由が整理されています。
一つ目は、「育児・介護・家事労働の女性への偏り」です。高校野球の現場に置き換えれば、こうなります。平日は授業と部活、土日は練習試合。夏休みは合宿。この生活を、育児をしながら続けることは極めて困難です。男性監督の多くは、家庭での役割を配偶者に任せることで成り立っています。
二つ目は、「固定的な性別役割分担意識」です。「監督は男性がやるもの」という思い込みが、選手にも保護者にも、そしてOB会にも根強く残っています。先ほどの「保護者が納得しない」という言葉は、まさにこれです。
三つ目は、「過去の差別や経緯に起因する格差」です。そもそも女性が高校野球の監督になれる制度が整ったのは、比較的最近のことです。経験を積んだ女性指導者の絶対数が少なく、「ロールモデル」が見えにくい状況が続いています。
研究機関が実践する「環境整備」
では、どうすればいいのか。国の事業では、「挑戦的・野心的な数値目標」を掲げた機関に対し、最長6年間の支援を行っています。ここで注目すべきは、「お金を配るだけ」ではない点です。
審査の観点には、こう書かれています。「取組内容や期待される成果が、単に資金の投下のみにより実現されるものではなく、知見の提供や仕組構築の支援等として他の機関へ移転可能なものかどうか」。
つまり、大事なのは「仕組み」です。高校野球に置き換えるなら、以下のような取組が考えられます。
1. 両立支援の仕組みを作る
研究機関では、「出産・育児・介護等に配慮した会議規則の整備」や「委員会のオンライン出席を可能とする条例等の整備」が進められています。高校野球でも、ミーティングのオンライン参加、練習メニューの事前共有によるコーチ間の役割分担、保護者会のオンライン開催など、工夫の余地は十分にあります。
2. ハラスメント防止の体制を整える
国の事業では、「性的な言動等に起因する問題への対応」が義務付けられています。地方議会では、ハラスメント防止のための取組状況が調査され、「見える化」が進められています。高校野球界でも、監督・コーチ・選手・保護者それぞれに対する相談窓口の設置、研修の実施、事例の共有が必要です。
3. 「見える化」で意識を変える
政治分野では、「男女別の候補者数」や「議員の男女比」が毎年調査され、公表されています。高校野球でも、都道府県ごとの女性監督・コーチの人数、女子選手の在籍数、女性指導者の研修参加率などを集計し、公表することで、現状が可視化されます。数字が見えれば、「うちの県はゼロか」という気づきが生まれます。
「でも、うちには予算がない」という声
ここまで読んで、「大学や研究機関だからできる話だ」と思われたかもしれません。確かに、国の補助金は年間数千万円規模です。一方、高校野球部の年間予算は、多くの場合100万円前後です。
しかし、国の事業でも「補助期間終了後の継続性」が厳しく問われています。審査要領には、こう書かれています。「補助期間及び補助事業期間の終了後において、取組の持続性・継続性を確保し得る体制や明確な計画が設定されているか」。
つまり、お金が切れても続けられる仕組みでなければ意味がない、ということです。
高校野球で言えば、以下のような「お金をかけずにできること」があります。
– ミーティングのオンライン参加を認める(Zoom等の無料プランで可能)
– 練習メニューをGoogleドキュメントで共有し、コーチ全員が編集できるようにする
– 保護者会の資料を事前にメールで配信し、当日の時間を短縮する
– 女性コーチ同士の情報交換会を、月1回オンラインで開く
– OB会に対し、「女性監督候補者の育成」を議題として提案する
これらは、明日から始められます。
「誰もが性別を意識しない」社会へ
国の男女共同参画基本計画には、こんな一文があります。「2030年代には、誰もが性別を意識することなく活躍でき、指導的地位にある人々の性別に偏りがないような社会となることを目指す」。
高校野球に置き換えれば、「監督が男性か女性かなんて、誰も気にしない」という状態です。選手が見るのは、その人の指導力であり、人柄であり、野球への情熱です。性別ではありません。
ある県立高校では、女性コーチが3年間かけて選手との信頼関係を築き、昨年ついに監督に就任しました。初めての保護者会で、ある父親がこう言いました。「正直、最初は不安でした。でも、息子が『あのコーチの話が一番分かりやすい』と言うので、任せようと思いました」。
その監督は、練習メニューをすべてオンラインで共有し、コーチ陣と毎週ミーティングを行い、保護者向けの月次レポートを発行しています。育児中のため、ナイター練習には参加できない日もありますが、その日の振り返りは翌朝、選手全員にメッセージで送られます。
「できないこと」を数えるのではなく、「できること」を最大化する。それが、彼女の方針です。
明日、一つだけ変えてみる
国の事業が教えてくれるのは、「目標を掲げ、仕組みを作り、継続する」ことの大切さです。高校野球界も、同じです。
もしあなたが監督なら、来月の指導者会議で「女性コーチの育成」を議題に挙げてみてください。もしあなたがコーチなら、次の保護者会で「オンライン参加」を提案してみてください。もしあなたが保護者なら、「性別ではなく指導力で評価したい」と、一言伝えてみてください。
変化は、一人の声から始まります。そして、その声が積み重なったとき、グラウンドの風景は確実に変わります。
正解は、まだ誰も知りません。だからこそ、試してみる価値があります。